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ティール組織ラボの読みもの内の「ブックレビュー」カテゴリーでは、ティール組織や進化型組織にまつわる様々な書籍を紹介していく予定です。第一弾は、ヒューマノクラシー ーー「人」が中心の組織をつくる(ゲイリー・ハメル著) を紹介します。
英語版の発売当時から待ち望んでいた洋書の翻訳本の登場です。2014年に日本にティール組織を紹介した時ぐらいのインパクトがある本だと私個人は思っています。ティール組織が発売された時、(誤解ではあるのですが)コンセプトには共感するが大企業ではできる気がしないという反応が多くありました。今回の本は事例も含めて大企業にかなり焦点が当たっています。
現在主流となっている組織論からニューパラダイムな組織に移行することが、一部の物好きの試みとして捉えるのではなく、移行こそが私たちの生きる時代の責任であるようにまで感じさせてくれます。是非、皆さんも一読してみてください。
今回は特別に私が担当させていただいた序文を全公開させていただきます。著者のゲイリー・ハメルについてや本の全体像が掴める内容になっております。是非ごらんください。
また、ティール組織ラボでは『ヒューマノクラシー』読書会を1月に開催する予定です。そちらの情報もお楽しみに。
日本語版序文 パラダイムシフトを促す挑戦的な啓発書―嘉村賢州
近年、「組織」のパラダイムに大きな転換が起こりつつある。これまで組織は、人や組織を「機械」のように見立て、上意下達で統治してきた。だが、新たなパラダイムでは、人や組織を複雑に変容していく「生命体」と見なし、人や組織の〈いま・ここ〉に息づくを共有する。そこでは、権限を組織全体に分散させ、現場レベルで柔軟に意思決定を行う。まさに、パーパスに向かって共鳴しながら協働する自己組織化のかたちをとる。
日本でも、2018年に出版された『ティール組織』(英治出版)がきっかけとなり、その考えが脚光を浴び、実践する企業も続々と登場してきた。本書は、このような潮流を〈官僚主義〉対〈ヒューマノクラシー〉という視点から徹底的に解き明かす。
著者のゲイリー・ハメルは、ロンドン・ビジネススクールの客員教授で、コア・コンピタンスの概念の提唱者として知られている。〈世界で最も影響力のある経営思想家(Thinkers 50)〉の常連で、2022年には殿堂入りを果たした。これまでも鋭い視点で先進的な知見を論文や書籍で発表してきたが、本書は難攻不落の官僚主義に真っ向から挑戦したという点で、注目すべき代表作となるだろう。
私は15年以上にわたって、組織開発のコンサルティングやファシリテーションを行ってきた。大企業からスタートアップ、NPOなどさまざまな組織で、階層や部門を越えて多様な人たちの創発を促す〈対話の場〉をデザインしてきた。そこでは、新しい関係性が生まれ、課題意識が共有され、ビジョンや革新的なアイデアが立ち現れる。とてもエキサイティングで意義深いプロセスだ。
一方で、必ずといっていいほど起こる軋轢も経験してきた。勇気をふりしぼって一歩を踏み出そうとする人が現れても、上層部がヒエラルキーの強固な力を使って立ちはだかる。あるいは、すでに諦めた人から「会社を変えるなんて無理だよ」と水を差される場面に何度も遭遇した。そんな体験を繰り返すうちに、私には大きな疑問が湧き起こる。
「人類は、組織のつくり方を根本的に間違えたのではないか?」
そこで私は、官僚主義とは異なる新たな方法論や実践事例の探求を始めた。やがてゲイリー・ハメルの思想やティール組織、ホラクラシーを始めとする進化型組織の考え方と出合い、それらの叡智を探求し普及しようと努めてきた。彼らの組織論は机上の空論などではなく、世界中で実践事例が続々と生まれている。
ヒューマノクラシーがもたらす2つの希望
社会の進展に取り残される組織、自分の可能性を封印して部品のように働く従業員、多くの時間を共に過ごす同僚との冷ややかな人間関係、挑戦よりもリスクを避ける文化……みなさんの多くは、こうした組織のあり方にうんざりしつつ、徒労感に苛まれているかもしれない。
その問題の根本的な原因こそが官僚主義だ。そこでハメルは官僚主義を歴史的に掘り下げ、徹底的に解剖し、その実体を白日のもとにさらしていく。
「公式な階層がある」
「権力が上から下へと流れていく」
「全員が昇進を奪い合う」
こうしたマネジメントは、産業革命以降の飛躍的な経済成長を牽引したことは間違いない。しかし、今では時代の進化に取り残され、悪弊を助長するだけだ。組織の動脈硬化を起こし、環境の変化にまったく対応できず、イノベーションも起こせず、働く人々の意欲も熱意も高まらず、官僚制を維持するためだけに膨大なコストを垂れ流していることを、詳細なデータで証明している。
ヒューマノクラシーとは、「人間(human)」と「支配・統治・制度(-cracy)」を組み合わせたハメルの造語で、まさに「人を中心に据えた組織」を意味する。「官僚主義」との違いを最もよく表しているのが次の言葉だ。
官僚主義では「人間=道具」であり、製品やサービスを生産するために雇用される。ヒューマノクラシーでは「組織=道具」となる。人間が自分の人生や、顧客となる人たちの人生をより良くするために使う道具となるのだ。
ハメルは膨大な事例研究から、実践企業に共通する〈7つの原則〉を導き出した。それが、「オーナーシップ」「市場」「健全な実力主義」「コミュニティ」「オープンであること」「実験」「パラドックスを超える」だ。
この原則を実践することによって、変化の激しい時代において「真にレジリエントな組織」が実現可能になるという。何か重大な問題が起こる前から変化を生み出すことができるようになり、顧客のニーズを現場レベルで敏感に察知することで、持続的な成長を実現する。そして何よりも重要なのは、従業員の意欲や情熱が引き出され、活き活きと輝いてくることだ。とはいえ、こんな疑問を感じる人もいるだろう。
「いやいや、ここまで大胆に変えることなんて、至難のわざだ」
実際に私も「大企業では難しい」「トップが変わらないと無理だ」という声を多くの人から聞いてきた。しかし本書では、こうした声に対して2つの希望を示していることに意義がある。それが「大企業の変革」と「ボトムアップの変革」だ。
大企業×ボトムアップの変革
本書の特長は事例の豊富さにあるが、特に大企業の事例が詳細に盛り込まれている。先進的な組織モデルは、中小企業やスタートアップ、あるいは設備投資が少なくてすむIT企業のような業種でしか実現できないと思われやすい。しかし、重厚長大なイメージのある巨大メーカーでも実現可能なことをハメルは実証したのだ。
アメリカの鉄鋼業界の最大手のニューコア─従業員2万6000人
中国トップの家電メーカーであるハイアール─同8万4000人
世界中にブランドが知られる多国籍タイヤメーカーのミシュラン─同11万7000人
こうした事例が、「大企業でも変革は可能なのだ」ということを教えてくれる。しかも、変革によって経済性が損なわれるどころか、さらなる成長発展につながっている。
特に興味深いのは、ボトムアップで組織を変革していったミシュランの事例だ。従来、このような組織の抜本的な変革は、「トップが変わらないかぎり不可能だ」と言われてきた。実際に、トップの組織に与える影響力は絶大で、それが原因となった成功や失敗の事例は無数にある。
だが、「現場からも組織を変えられる」とハメルは主張する。たとえば既存のシステムの穴をつくハッカー集団(悪質なブラックハッカーではなく、ホワイトハッカーと呼ばれる善意の人たち)や、非営利企業で活動する人たちは、絶大な権力構造に従属することなく、内部からでも外側からでも大きな変化を引き起こす。その知恵を活かして「ハッカーのように」組織を変えようとハメルは呼びかける。
これらの知恵は経営層にも勇気を与えるだろう。なぜなら、ミドルマネジメント層の抵抗にぶつかっても、現場から発する変革に対してどう支援すればいいか、貴重な手がかりとなるからだ。
小さな行動が大きな変化を巻き起こす
ハメルは、私たち一人ひとりにも鋭い眼差しを投げかけてくる。私たちは「変化を生み出したい」と心から望んでいるが、実はその私たち自身がどっぷりと官僚主義に染まって、現行のシステムに加担しているというのだ。
たとえば、本書を読んで感動し、上司に紹介したが無視されたとしよう。そのとき、私たちはその上司を「1人の人間」としてではなく、「1個の障害物」という「モノ」として捉えてしまう。それこそ、まさに相手を制御しようとする機械的な振る舞いだ。だからこそ、まず自分自身の変容に取り組むべきだとハメルは言う。とはいえ、これは依存症から抜け出すのと同じくらい厄介なプロセスだ。
しかし逆に考えれば「私たち自身の変容こそが、大きな変容に向けての偉大なる一歩だ」と言えよう。人類史を見ればわかる。かつて、天動説や君主制、奴隷制度や家父長制は社会の常識だった。だが、長い歳月のなかで、多くの人が一歩を踏み出したことによって微細な変化が起こり、今やそれらは歴史の過誤という烙印を押されている。
新しいパラダイムを唱え、行動することは、孤独で危険を感じるかもしれない。だがそれは、ヒューマノクラシーの原則の1つである〈コミュニティ(仲間)〉の力によって乗り越えられる。その先に、新しい常識が広がった未来が待っている。
その変化は、誰か特別なヒーローではなくて、一人ひとりがどう行動するかにかかっているのだ。ハメルの挑戦状を全身で受けとめ、小さくとも大きな一歩を踏み出す人が増えることを心より願っている。
2023年 10月31日 嘉村賢州
嘉村 賢州
Kenshu Kamura
集団から大規模組織にいたるまで、人が集うときに生まれる対立・しがらみを化学反応に変えるための知恵を研究・実践。研究領域は紛争解決の技術、心理学、先住民の教えなど多岐にわたり、国内外を問わず研究を続けている。
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